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 荒んだ心で灰色の排煙でくぐもっ た街を歩いていると、なぜだろう、頬を蒼い涙がつたう。硝酸の雨が人々の肌を傷つけ、硫黄性の大気が肺を浸していく。道 ばたで若い女性が強姦されていても道行く人は振り向きもせず黒色の外套の襟に皺だらけの顔を深く沈めて通り過ぎる。老婆が四頭馬車にはねられて腐敗した肉 片が通りを赤く染めても誰も足を止めたりはしない。帝都、無関心都市。ただ機械と化した人の動きだけが無機的にそこにはある。そんな街のなかで、かすかで も人の心の暖かさに触れると、人はどこか優しい気持ちになれる。

 少年が、青色や赤色や藍色や黄色 や紫色の花のくくられた花束を持って帝都の大通りを駆けぬける。何かを追い求めるように、息を切らして、一心不乱に、駆 けぬける。急に盲人の目が開き差し込んだ太陽の光に目を痛めるように、心をどこかに落としてしまった大人が、傍らをすり抜けていった少年を見つけ、驚き惚 けたようにそのなめらかに成長した足の軌跡を追う、かつての夢を記憶の岩盤から掘り起こすように。幾つものつまらない愛に身を持ち崩し、体を汚した女が化 粧で穢くなった顔に黄濁色に澱んだ眼球をギョロつかせて、少年の髪から滴る汗を追う、かつての清らかさを時の向こう側からつかみ出すように。少年はなぜ走 る?少年は彼が愛する少女にその花束を手渡すために走る。彼の心臓はその激しい鼓動に耐えきれずいまにもはじけそうで、足の筋肉はその回転についていけず 絶ち切れそうで。通りのはるか向こう側、摩天楼の谷間に少女の姿が見える。少年の瞳ははしこくその少女をとらえ、その走りはどよんだ帝都の空気を切り裂い て風になる。

 最後の通りを渡りきり、花束を少 女の可憐な両手のうえに置こうとしたとき、少年の体を、横殴りに、右折した大型トラックが、はねとばし、少年の関節はあ らぬ方向に 折れ、骨はところどころで砕け、全身によく伸びた筋肉はいくつもの肉の塊となって宙に散った。少女を最後まで映していた眼球は圧力に潰れて硝子体が液状に 漏れ、少女を愛していた脳は最後の恋の静電気を少女へ送ろうとしてもかなわず、硫黄性の空気の中で消散した。少女の足下には、少年の千切れた右腕が転がっ ていて、そ の先に力なく垂れ下がった右手には、まだ花束が固く握られていた。赤黒い血痕は扇状に地面に広がって、血の池の上でふわりと浮かんだ黄色や藍色の花びらが 揺れる。少女は目の前で起こった惨劇に、眉を微動させることもなく、礼儀正しく、服が可愛らしく見えるように体を前屈みに折って、昨夜、幾人もの大人たち の股間を這ったその右手で、少年の右手の指を一本ずつ剥がして花束をもぎとり、胸の上で花束を固く抱いて、鼻に花弁を近付けてこう言った。「まあ、いい匂 い。」その少女の純粋さに周囲にいた大人たちは口々に賞讃の声をあげた。

 夜の間に汚れた空気は通りの石畳 の隙間へと沈み、夜明け前の空気の質は、少しはましになる。しかし時計はその徒労な駆動を止めることはなく、《夜》の粒 子は分解霧消され朝が来る。東のほうから魔物のように忍び寄る朝の気配に、震えながら目覚めた、まだ幼い少女たちはおびえながら二度目の眠りにつく。布団 の温もりは寒い世界へ孵化して飛び立つための希望。そんな繊い二度寝の間にまた今日も優しい気持ちがあるといいなと思いながら大人たちは目覚め蠢き出す。 世界はこうしてどんどん狂っていく。眠れる少女たちの知らぬ間に。
Barkituro
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