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カー リー


 『カーリー』とは高殿円 (Takadono Madoka)がファミ通文庫から出したライトノベルである。まず挿絵の椋本夏夜の絵柄がいい。こちゃまくれたたんぽぽ頭のシャーロット・シンクレアや高 飛車なにんじ ん頭のヴェロニカ・トッド・チェンバース、そして嵐のプリンセスのクリシュナ・パドマティ・ガエクワッドなどの造型が美しく、頁を進めるごとに彼女達がど んな表情をしていたのだ ろうと、巻頭カラーを広げたり、前の挿絵に 戻ったりして確認してしまう。特に「二十一発の祝砲とプリンセスの休日」編の吊り上げ眉のシャーロットとパティという自由闊達な二人の組み合わせの挿絵は 何度 見ても飽きない。まぁカーリーガード・アリソンの造型に興味がわかないのは何故だろうか?イラストレーターの意図なのだろうか?

 この美麗な挿絵に彩られた小説の 中身にも感心させられる。まず舞台がいい。歴史モノでは舞台と時代設定がその魅力の五割を作ると言っても過言ではない が、インドという古い歴史を持つ亜大陸に、新しいイングランドという西欧の要素が融合したインド帝国、イスラームとヒンドゥという二大宗教が入り混じり、 五百を越す藩王国とイングランド直轄領が割拠する混沌とした世界。その一つ、パンダリーコット藩王国にあるステーション(小さな王国)と呼ばれるイングラ ンド人居住区の中のオルガ 女学 院での少女だけの寄宿舎生活。意地悪な同級生に愉快な友人たち、厳粛な上級生に、女学院独特の規則や罰則、突然乱入する王女に、謎の王子に社交パー ティー、怪盗リリ パッ ト。楽しすぎ る、胸が踊る。それだけで惹かれる。

 オルガ女学院の件だけ読むと、日 本を舞台としたライトノベル『マ リア様がみてる』を思い 起こさせる。しかし「マリみ て」が現代日本の上流・中流階級の女の子を登場人物にしているのに対し、こちらはかの大英帝国のボンベイ総督の娘や在藩王国大使、そして藩王国の王女まで もが登場する。世界規模の上流階級の淑女の卵たちの学校でもあり、ユダヤ人もゲイのフランス人の養女の日本人もいる。スケールが違う。エキゾチックにして コスモポリタン。そして「マリみて」が日本の中のミッションスクールという、違和感を拭えない設 定なのに対し、あちらは伝統と格式の大英帝国の花嫁学校、本場だ。しかもそれだけではない、陽の沈まない大英帝国が帝国の地位を保ち、島国の君主に過ぎ ないイングランド王が 皇帝を名乗れ た唯一の根拠、インドという複雑な舞台装置を設けていて、しかも時代設定は第二次世界大戦前ときている。オルガ女学院やステーションといった一見華やかな 世界の裏で起 こるインドの現実、英国情報機 関MI6の暗躍と大英帝国のイスラム・ヒンドゥー分裂の策動、すなわちネルーのインド国民会議とインド・イスラーム連盟との対 立、そして、それにからむ藩王国の思惑、ヨーロッパ情勢など政治的・歴史的なテーマをもこの小説は描いている。しかもそれらのいくつかが歴史的事実とちゃ んと一致し ているのだ。

 例えばクリシュナ・パドマティ・ ガエクワッドのバローダ藩王国のマハラジャは小説と同じくガエクワッド家Gaekwadだし、彼女が嫁ぐ予定だったハイデラバード藩 王国もこの小説の ように実在するイスラーム国だった。多くのアラビア語書籍の印刷でこのハイデラバード藩王国は知られているし、小説内で危惧されていたようにインド独立時 にハイデ ラバードだけが亜大陸内部でイスラーム国家として独立しようとしたためにインド政府に潰されてしまった。その他グジャラート語や王宮内だけで話されるマ ラータ語の描写、そして ヒンドゥー語勉強会でカーリーがシャーロットに言わせた言葉の描写など、インドの多言語空間をうまく物語に昇華して描写している。ホーリーやイングランド 本国での寄宿舎生活のイベントなども丁寧に調べられていて、しかも単に知識や物語の背景としてではなく、物語の重要な要素や歯車となっている。よく作者は 勉強し ている。ライトノベルにここまで学習する態度ははっきり言って偉大である。そして推理 モノ、スパイモノの面白さもスパイ スとしてまざり「よくできていた小説」と言う外は無い。だが、それにしてもインドの風俗や品物、文化についての説明を日本人の少女ミチルにほとんど言わせ てしまうのは少し無理があるような気がしないでもない。

 「黄金の尖塔の国とあひると小公 女」編のどたばたも面白かったけれどなにより「二十一発の祝砲とプリンセスの休日」編のパティの純粋でいてそれでいて一 筋縄でいかない恋心、そして全てが終わった後でのマスター・ベリンダとの信頼関係にはハッとさせられる。こんなにも幸せな場所が世界中のどこにあったのだ ろうか? と。寄宿舎での生活の表現はまさに少女たちの幸福感そのものである。たぶん、このような思い出があるからこそ彼女たちは大英帝国という舞台で強く生きていけるのだろう。

 歴史を知っているから楽しめる、 或いはこれを読んで大英帝国や現代インドの歴史が好きになりそうな、そんな小説である。番外編の「恋と寄宿舎とガイ・ フォークス・デイ」もザ・寄宿舎生活、ザ・女子寮という感じで楽しめる。歴史や流行の流れとは隔絶されたはずの寄宿舎生活を描いた小説なのに、登場人物が 歴史に翻弄されると言う格差が、たまらない。しかし私はどちらかと言えば歴史の暗闇を描いた部分よりも寄宿舎の安寧な日々の部分が好きである。

 そして将来きっと

教授「なぜちみーは現代インド史を 志したのかね?」
生徒「はい、高校時代に『カー リー』という小説を読んだからです。」
教授「ふむ。殺戮の女神の名です か、ふむふむ。良い物を読んでるね、ちみーは。」

という会話がどっかの大学の研究室 で行われるかもしれない。そしてインド娘好き、インド好き、しいてはインドカレー好きが増えるに違いない。
 まあそんなことはどうでも良い。 私 は『カーリー』の大学生編が楽しみだ。そしてなによりヘンリエッタ・モーガン嬢の今後が楽しみだ。

Barkituro

【参考文献】
カー リー ~黄金の尖塔の国とあひると小公女~
カー リー ~二十一発の祝砲とプリンセスの休日~

【リンク】
【悪趣味な美学】高殿円 公式情報サイト
椋本工房
恋と寄宿舎とガイ・ フォークス・デイ(書き下ろし短編)
第1話
第2話
第3話
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