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神と神々の物語


 そもそも人類は混沌の海に抱かれ ていた創世期から唯一神を心の中に抱えていた。人類の意志の総体としての、天球意志としての神を人類は常に各々の心の中 に持っていた。人々は己の運命、或は宿命と呼ばれるものの根源を全てこの神に委ねていた。生活は神とともにあり、神とともにある人々の顔は笑顔で溢れ、死 すらも彼らは「人の殻から解放され神の胸元に帰れるのだ。」と喜んで甘受していた。しかし人類は神によって自分達が創造されたとは考えていなかった。むし ろ自分達が言葉とともに最初に作り出した発明品こそ神だ、と考えてきた。

 頼りがいのあるこの唯一神は常に 言葉を以って人類に語りかけていた。神の言葉は常に「語り部」と呼ばれる人々によって語り継がれてきた。人類は「語り 部」を媒介として神の存在を確信していた。卓越し、偽ることのない、信用できる「語り部」たちを有力な酋長たちが保護し、そして彼らを信奉する人々が集 まって村が生まれ、都市に成長し、国家が形成された。このようにして人類は天球の各地に多くの神権国家を有するようになった。しかしそのような社会の多様 性にも関わらず人類は一つの神を戴いていた。そして一つの言葉により神の言葉を聞いた。これは人類の奇跡とも言えた。しかしその完成された形態は突然の事 件によって瓦解した。

 ある時、とある王国の一人の語り 部が言葉にならない音を発した。文字であえて表そうとすればこういうものになる。
「Trsklp trsklp trsklp」
 その言葉を聞いた村人は驚きあわ てて近所の人を呼びに行った。噂はやがてその王国中に拡大し、王国の人々は恐慌状態に陥った。初めて神が、人類に解読で きない言葉を発したからだ。人間たちは自らが作った人形が勝手に動き出したような恐怖を覚えた。まさか自分達が作り出した神が、自分たちの知らない言葉を 話し出すとはとても考えられなかったからだ。王都では市民が神の言葉の混乱に動揺し、暴動を起こしはじめていた。田舎に住む農民も農耕への意欲を失った。 食料の供給が滞り、王都市民の暴動はさらに激しくなって、その矛先は王にも向けられた。衛兵によって王宮にまで迫るこの暴動を抑えられないことを悟った王 は、王国中の高名な言語学者や神学者、哲学者に歴史学者それに辺境の修道院の学僧や村の長老までを王都に召集して、この神が発した謎の言葉の解読にあたら せた。

 この会議では様々な学説が飛び 交った。「これは言葉の子音だけを発音したもので、全ての母音を挿入することでできる文。その全ての意味を含有する奇蹟の 文である。」と唱える言語学者も「これは現在の人類の言葉ではなく、唯一神誕生時の原初人類の言葉である。」とする哲学者も「神が人類の手のもとを離れ、 人知を超越してしまった。」とする神学者もいたが、一週間の会議が終わった後でも、結局神が何を語ったのかは分からずじまいで結果はでなかった。

 そこで業を煮やした王は彼らを朝 廷に召集し一人ずつその意見を聞いた。そして東の国境付近にある寒村の若い学僧の意見を採用した。「これは神が人間の手 を離れようとした宣言文である。王におかれましては、神が人間の手を離れる前に神の力を分裂させた方がいい。さもなければ王権が崩壊するだろう。」貧しさ と苦労により罅割れた唇はそのような言葉を告げた。王にとってそれはもはや神託にも等しかった。しかし誰も神を分裂させる方法など考え付かなかった。その 学僧さえもその方法については答えられなかったからだ。なぜなら、そもそもどうやって人類が神を生み出したかさえ忘れ去られていたからだ。

 しかし賢い王は一つだけ方法を思 い付いた。それは後宮での美姫たちとの娯しみを絶って、何日も机に向かって言語について調べた末に編み出した方法だっ た。そもそも今まで人は神を言葉で認知していたのだ。ならば神を分裂させるには我々人類の言葉を分裂させればいい。そう考えた王は言語学者だけを召集し、 彼らに「われわれの言葉を分裂させろ。」と命令した。かつてない命令に言語学者は動揺した。
「もし言葉を分裂させれば、異言語 話者同士で意志が疎通できませぬ。」
「そうすれば交渉が困難になり交易 が停滞します。財貨がもたらされなくなるでしょう。」

 こういった反論を王はかたくなに 聞き入れなかった。しかたなく言語学者たちは言葉と文法を分裂させた。王国を二つに分けて西半では元来通り文章の最初に 名詞を置き、東半では動詞を最初に持ってきた。名詞に男女の性を与え、その基準は民族によって違うようにした。そして地方ごとに動詞の活用形を変化させ、 接尾辞をつける言葉と接頭辞をつける言葉を分けた。中には活用ごとに母音を変えた言葉もあった。文法が完成されるとその言葉にあった抑揚と舌の動きを考え てなめらかな発音を可能にした。あとは言語学者が町や村を一つ一つ訪れて人々に新しい文法を教えて歩いた。こうした天体にも匹敵する言語学者の、苦労に満 ちた操作により二十年後には王国内に数多くの方言が生まれた。ただ王都だけが古代からの言葉を保存していた。

 その翌年、二人の語り部がそれぞ れ神託を伝えた。その二人の話す言葉は同じような意味を表していたけれど、名詞と動詞の順序も違えば、「私」を表す単語 は、片方は男性名詞で片方は無性名詞だった。また「神」を表す単語は、片方は単数形の男性名詞で、もう片方は単数形と複数形の区別のない無性名詞だった。 「である」という動詞の過去活用形も全く違った。片方は一人称単数形の過去活用で三つの母音が全て活用していたけれど、もう一方の言葉には人称や単数形と 複数形の違いはなくて過去活用の接尾辞がついただけだった。しかし最初に言ったように二人の語り部は同じ意味を伝えていた。その言葉はこういう意味だっ た。「私は神であった。」
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