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コミックマーケット71


 2006年12月29日土曜日。イラク国の元大統領サダム・フセイン氏死刑執行のことなぞ露とも知らずに、国際展示場で開催されたコミケ71(冬コミ) に行ってきた。そもそも、今回の冬コミ2日目に行った目的はツ ムギウタの 『風師』の捕獲だけであって、それ以外のサークルなどについては一切考えていなかった、という無計画な戦場入りだった。

 1250時ごろに人ごみを掻き分けて真っ先に東ヒ50a「ツムギウタ」に行ってみると、ブースで白い服の女性が座っていて俯いて何やら読んでいた。私の 記憶はとても曖 昧なものだけれど、彼女は前にコミ ティアで出会った人物とは明らかに違っていた。とりあえずそこでお目当ての『風師』を購入、200円。そして売り子さんに声をかけて『ミモザの花が咲く頃 に-前編-』の版抜けの お詫びのプリントを 貰った。それを立ち読みして驚愕した。なぜなら、そこに書かれた訂正の箇所が、前に私がココで指 摘した箇所そのままであったからだ。自分 のサイ トをツムギウタの関係者が見ていることを知り、ネット上で発言することの重みを実感した。また、同時に創作小説屋「ツムギウタ」の職人魂(プロ意識)に心 を打たれた。 だって、 普通ここまでやらないでしょう。ちなみに同行した友人が購入した『ミモザの花が咲く頃に-前編-』には上からシールが貼ってあって訂正してあった。すごい な、弦伎さ ん。

 そして一旦、友人の希望で西の企業ブースに行ったあとで、もう一度東に戻って創作文芸を巡回する。そうしたら東ヒ33のTrainで森鷗外の『舞姫』 の現代語訳 +萌え絵付が売っていたので気に入り、購入した。冒頭はもちろんこうだ、「石炭を早くも積み終えた。…」確かに『舞姫』と萌えは融合可能なのかもしれな い。これには 多分に海 軍メイドさん事件の影響もあるのだろうけれど、当の森林太郎は、草葉の陰で自分の作品が萌え絵と共に売られているのを見てどう思っているのだろう か?案外喜 んでいたりして。ともかくこれはオイしすぎる設定である。

 そして『蒼海の世紀』第四話が売られていたのでそれを購入。その後も巡回を続けていると、ツムギウタの前をまた通った。その時に、白い服の女性の隣で、 黒服 の女性がブースに立っていた。私の記憶が正しければ、その女性は以前にコミティアで会話を交わした女性だった。(ここの部分は事情により削除されまし た。)まぁ、どうでもいいや。

 そしてツムギウタの『風師』は惑星原初の風を感じることができる物語であった。昔、渋谷文化会館屋上の五島プラネタリウムで「私たち人間の体の中には、 ずっと昔に滅んだ恒星や惑星の元素が残されています。あなたたちの中にもきっとあります。ですから我々は星の子どもと言えます。」というような「星の一 生」の解説を聞いたことがある。そのときはよく理解できなかったけれど、子ども時代特有のおぼろげな思考の中で宇宙規模の物質の動き、天球の音楽、生まれ たての惑星の草原を流れ る宇宙の風を感じることだけはできた。弦伎女史の『ミモザの花が咲く頃に』以前の作品である、この『風師』には固有名詞がほとんどでてこない。村も名前を 持 たないし、風師や風の名前もほとんど普通名詞に近い。だからこそ、エデンの園追放直後の人類の歴史に似た、概念上の、世界がまだ小さかったころの「惑星の 創世記」を、石板で読んでいるような気分に浸ること が出来る。私はその気分を充分に楽しんだ。だから弦伎さんの「惑い星」という主題を私は完全には消化し切れていないと思う。ただ本当の意味での“コスモ” ポリタンの物語が、「居場所」を探し続ける孤独な「星の子ども」の放浪の物語であるということは、私の研究するところと結びついていて興味深い。

そうして少女は、探し続ける。
たったひとつの、自分の在処。

プラネタリウムを出て、渋谷のビルの谷間を駆け抜ける熱風を、原初惑星の原野を駆け抜ける宇宙風なのだと妄想しながら感じた「星の子ども」の孤独な感情。 あ のころの感情を再び、目を閉じて感じることができた優しい時間、提供してくれたのはツムギウタの新装版小説、『風師』。

創作小説屋ツムギウタFirstspear.comTrainUNI-GURU TEA

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