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アダ戦記


 友人に借りて堤抄子の異世界ファ ンタジー・マンガ『アダ戦記』を読んだ。そして思うところがあったので、これを書いている。まずは全体的な感想、この 『アダ戦記』の物語世界は非常にさらさらとしていて清澄であり、理知的な雰囲気がある。異世 界ファンタジーは大きく分けると「理知的な異世界」と「土俗的な異世界」に分類できると私 は考えている。これ は修辞がどう、文体がどう、ということではなく、感覚的なことだ。例えば前者にはこの『アダ戦記』や『ラストエグザイ ル』、後者には『風の谷のナウシカ』や『指輪物語』『星界の紋章』が該当する。どちらが優れている、というものではなく、雰囲気の違いに過ぎない。ただ、 これは「ギリシャ・ローマ」と「オリエント」との違いにも応用できる。すなわち、思弁的で内面的な実験場としての異世界・幻想世界なのか、それとも 異世界への憧憬の対象としての異世界・幻想世界なのか、という違いが二つを隔てているのかもしれない、という仮説を私は提出する用意がある。もしこの私の 仮説が正 しければ、この『アダ戦記』は思弁的な物語と言ってもいいだろう。人物の服装は現実の民族衣装を模していて華美を競うものではなく、それぞれが違う民族と 風俗に属するという記号に過ぎない。度量衡や時計などは現実のものをそのまま流用している。科学者としての魔術師の存在や天文学としての知識も衒学的では な く、物語の進行に沿うような形で存在している。設定よりも物語が先にある、よって『アダ戦記』は「理知的な異世界」である。もし、逆に民族衣装が華美のた めに存在し、度量衡や言語までも作者が作成し、錬金術や魔術などの設定が衒学的であればそれは「土俗的な異世界」である。両者には両者の長所があり、『ア ダ戦記』はその長所をうまく生かしている。

 続いて用語ごとに記述を進める。

  精 霊と人類意志

 『アダ戦記』世界の設計者として 月影・月読・月波などの精霊が出てくる。このような超越者が出てくる物語をあまり私は好まない。仲介者や人間を逸脱した 異常 者ならばまだ良いけれど、この場合の精霊はこの物語世界を設計した完全な超越者である。私の好みはどうでもいい。この物語ではこの絶対的な超越者との均衡 を保つ ために天秤のもう一方に人類意志の象徴としてのアダを置いている。

将 来…人類が滅びるかどうかは…… その時代の人間の生きようという意志による。

ええ普通と変わりません 生命の危機を経て 全能力を開花させた…… 全人類の生きようとする力の象徴ですわ

アダは人の心を動かす… 我らも元は人の心ゆえ

アダがみんなの心に入って 何かを探している 深層を下って

皆々のうちに私の記憶… 私の記憶様式の断片があり そういう私の人格のかけらがあわさって… 私は皆の心の中に住んでいるのですね

 私は人類という集団に属する個々 人の自由意志が統合されることで人類意志を形成し、その人類意志、すなわち不存在の神を個々人がなんらかの方法で知覚す る ことで宗教を形成したと考えている。私の思想に則ってこのアダという登場人物を考えるならば、アダは人類意志を体現するか、或いは人類意志を左右できる存 在である。なにしろ第三巻でアダは人の心に直接働きかけている。また第五巻では安曇の国の都でニュータイプのように兵士の心に働きかけて指揮を出してい る。

 あ れは直接、人の心に働きかけるのだ。 しかもものすごい力で

 この『アダ戦記』では人類意志に 一個人の自由意志が動かされる様子を心の声という形で描いている。正直言って、私にはこれが人類意志の自由意志への介入 を描 いた正しい表現なのかは分からない。しかし『機動戦士ガンダム』などのアニメでも使用されている表現でもあり、一つの仮説として影響力のあるものであろ う。そしてこのように人類意志を左右できるのは神だけである。しかし神は不存在であり、アダは作品中で存在している。すなわち人類意志を左右できるけれど も存在しているアダは擬神である。もし、私がこのマン ガに題名をつけるのならば 『擬神戦記』と名づけたであろう。

空を 見上げても そこにはもう白い月も黒い月もない もう人間の力だけで生きていくん だな

 現実の地球に住む人類は、物語後 の世界の『アダ戦記』世界のように超越者を持っていない。少なくとも地球の超越者を私は知らない。人類は不存在の神と歴 史上に 時々出現する擬神によって自らを律して歴史を紡いできた。すなわち、人類は人類の力だけで今まで生き残ってきたのである。もし将来、地球にどんな危機が訪 れたとしても、人 類の中にほんの僅かでも生き残りたいという意志があるのであれば、どのような形であれ、人類は生き残るであろう。もしかしたら、個々人の死をも超越した、 想像もできないよ うな形で人類は生き残るだろう。『アダ戦記』はそんな希望を読む者に抱かせてくれる。

『日 月の書』、精霊の島、世界図書館

月影様の精霊の島とは

月影 様が人類に与えた知恵の元本が全てそろっているはずだった図書館

である。しかし、魔術師の足日たち 一行がたどり着いた精霊の島は単なる廃墟だった。けれど、後を追うように諸国から魔術師を載せ、書物を積んだ船がこの精 霊の島 に到着する。

この 地に人類の学んだ全ての知恵があるというのは 違っていて…… 図書館はこれから できるんだわ この星を救うかも知れない… 全ての知恵が統合する。

 様々な世界中に分散されていた知 識や知恵が一つの島に結集して、「星船」(ロケット)を作ろうとする物語は感動を伴う。月影は「特異点」と呼ばれる個人 が『日月の書』を持っていると考えていた。しかし、それはばらばらにちぎられて、世界に散らばる個々の賢人や魔術師が知恵として保存してあったのである。 『日月の書』とは図書 館のことであり、人類の知恵のことであったのだ。かつて、私はボルヘスの『バベルの図書館』などに着想を得て、世界 図書館なるものを考 案した。それは人類が人類意志の中に内在させている巨大 な知恵の貯蔵庫であり、一冊の書物にして膨大な情報を蓄えている、本そのものが図書館そのもの、図書館そのものは本そのもの、と言ってもいい、存在しない 図書館のことである。あらゆる著 作家や作家、そして学者はそこに物語や文章を蓄え、そしてそこから物語や文章を引き出しているのだ、と私は考えている。すなわち歴史上、全ての書物が収め られ、未来に出版されるであろう全て書物の内容が収蔵された図書館と考えていい。そしてもちろん過去に出版される可能性もあった書物、未来に出版される可 能性があるだろうけれど出版されない書物も全て、この世界図書館にはある。精霊の島は、この世界図書館の具現化である。そしてそれは現実でも多くの国で図 書館 計画として実行されている。しかしそれらは人類の為ではなく、国家の中に住む限定された人類のための図書館ではあるけれど。

 そして物語中で幸運であったの は、精霊の島に集結した魔術師の言語が皆、互いに意思疎通できる程度の違いしかなかったことだろう。だからこそ、この世界 の 「星船」のあり方には期待を抱くことができる。しかし、もし仮に各国の言語が大きく異なり、意志疎通ができず、例えば「強大と言われた」安曇の国の言語、 安曇語で知恵の統合と星船の建造が行われたとしよう。その場合であっても星船のあり方は、この『アダ戦記』の星船のあり方と同じであろうか?私は違うもの になると考える。

 もし人類が多言語世界 を生きていても共通の論理構造である「普遍文法」を持っていて、それで意思疎通できるというのならそれでも構わないで あろう。しかし現実には人類は擬神の助けなくしてはその段階に至っていない。しかし、たとえ言語を異にしていても同じ人類意志を抱くことだけはできる。で は何が問 題かと言うと、どれか一つの民族語を知恵の統合のための言語として使用してしまうと互いを平等の個人としての対話ができないことだ。もし例えのように安曇 語 で知恵の統合を進めるとなると、非安曇系の魔術師が知恵を主張しにくくなり、自然と安曇系の知恵が多く採用されていくだろう。そうして他の系統、例えば高 原系の知恵や科野系の知恵は、単なる知識や補足として安曇系の体系の中に組み込まれてしまう。そしてこの作品では想像もつかないけれど(なぜなら皆同じ言 語を使用しているので)強大な国力を持つ安曇系の魔術師が知恵の統合において中心的役割を果たすことは免れないだろう。足日にもその素質があるにもかかわ らず、安曇語が吸収した知恵の大きさと安曇の国の国力に圧倒されてしまうだろう。そして下手をすればその統合された知恵が安曇語を話す人だけに還元されて しまうかもしれない。それが人間の愚かさでもある。

 そ れに一般のみんなだって基本的なことを理解していないと星船になんて乗らないわ

 この作品で描かれた、知恵の統合 の象徴としての「星船」建造の魅力は、世界の魔術師が全人類の意志に導かれるままに知恵を精霊の島に持ち寄って全人類 の利益を希求して「会議」を行うという世界市民主義的な美しさにある。この美しさ は、この『アダ戦記』の世界のような単一言語世界か、或いは国際補助語が機能している世界にしか現れえないだろう。これはこの作品だけの問題ではなく、現 実の地 球に住む人類の問題でもある。

 このように、『アダ戦記』は「人 類の意志の統合」、「人類の知恵の統合」という、二つの大きなテーマを異世界幻想物語の進行の中に食い込ませ、その思弁 的な試みをやや舌足らずなところがあるけれど、ひとまずは成功させたところに価値がある。友人も言っていたけれど、こういうマンガは残るべきだ。

つつみ風呂敷堤抄子さんのサイト アダ戦記

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